。さっきから知っていたんだから、駄目よ。」
「ウソいっている。随分驚いたくせにねえ、驚いたでしょう……」
「ええ。ええ。」
 小さい手を握って、眼から離して、前へクルリと引き寄せると、きっと準之助氏が一しょだろうと、後を振り返ってみると、白いリネンの服を着た青年子爵が、二、三間後に立っていた。
 子爵と新子とは、微笑《ほほえ》んだ。
 昨日《きのう》、傷の手当を、かなり親切にしてくれた。
「もう、お痛みにならないんですか。」
「ええ、もう。すっかりよくなりました。いろいろご心配をかけまして……」
「外人達のテニスのトーナメントがありますよ。見にいらっしゃいませんか。」
「ええ。」
「小太ちゃんが、貴女《あなた》がきっと、ここにいらっしゃるから、誘って行こうって、僕を連れて来たんです。」青年は、何か闖入者《ちんにゅうしゃ》であるかのように、弁解した。この森が、まるで新子の森で、自分が無断ではいって来た闖入者でもあるかのように。
「南條先生は、ここが好きだねえ。」小太郎は、感に堪えたようにいった。
「テニスは、あまり見たことがないんですけれども……」と、新子が青年に答えると、小太郎は横から
前へ 次へ
全429ページ中110ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング