したので、そこはかと、部屋を出たが、歩いてみたくなったので、大好きな別荘前の諏訪の森へ、遊びに行った。
 地面が絶えずジメジメして、しだ[#「しだ」に傍点]が生えており、空気がひんやりしていた。
 横手の外人別荘から、小さい金髪の男の子が、ワイヤー・ヘヤードを連れて、どこどこまでもかけて行った。
 後は全く静かであった。
 新子は、美沢が(墓地の静けさ)が好きなので、よく二人で弥生町の家から、谷中の天王寺に出かけたり、省線で横浜へ行き外人墓地を高見から、眺めたりしたことを思い出した。
 この森を、美沢と一緒に歩きたいような希望が、頭の中に湧いた。
 家の前途を、一人で背負って悩んでいる新子は、時には誰かに慰め労《いたわ》られたいような気持がした。そんな気持で、美沢に会うのであったけれども、美沢がまた、どちらかといえば、新子に慰められる側の性格で、いわば新子は、美沢にとって姉的愛人だった。
 だから、新子は今まで何人《なんぴと》にも労られたことがない。
 準之助氏から、労られたのが初めてである。
 昨日《きのう》は、不当な大金を、お菓子をもらう子供のように、易々《やすやす》ともらってしま
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