ぬ電報の文句を!)と、圭子は考え出した。
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  愛人無為




        一

 樹の根に、踝《くるぶし》を打ちつけて、青いあざを残したけれど、痛みはその時だけで、手の甲の傷も、ほんのかすり傷だった。
 それなのに木賀子爵をはじめ、夫人をのぞく人達は、新子の傷を心配してくれた。熱が下ったばかりで、起きられない祥子《さちこ》は、新子の足に、繃帯《ほうたい》を巻きたがった。
 翌日は、もうさわってみると、ほのかに痛みを感ずるというくらいだった。
 夫人も、少しテレていると見え、あれから新子に顔を合わせることを避けていた。
 小太郎はその日夏休みの復習帳に、晴というのを時と書き、曇という字を雲で間に合わせているのを、新子に指摘されて、午前中廊下をかけ廻りながら、

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晴を時と間違えた
曇を雲と間違えた
テリヤを輝や(女中の名)とまちがえた
[#ここで字下げ終わり]

 という自作の即興詩を、奇妙な節をつけて、歌って歩いて、夫人から叱られて、一時からの復習の時は、殊のほか神妙であった。
 新子は、二時から祥子の部屋にいたが、母夫人の入って来る気配が
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