もうこの頃から、忠直卿の放埒《ほうらつ》を非難する声が、家中の士の間にさえ起った。
が、忠直卿の乱行は、なお止まなかった。許婚の夫ある娘を得て、少しも慰まなかった彼は、さらに非道な所業を犯した。それは、家中の女房で艶名のあるものを私《ひそか》に探らしめて、その中の三名を、不時に城中に召し寄せたまま、帰さなかったことである。
主君の御乱行ここに極まるとさえ、嘆くものがあった。
夫からの数度の嘆願にかかわらず、女房は返されなかった。重臣は、人倫の道に悖《もと》る所業として忠直卿を強諫《きょうかん》した。
が、忠直卿は、重臣が諫むれば諫むるほど、自分の所業に興味を覚ゆるに至った。
女房を奪われた三人の家臣のうち、二人まで忠直卿の非道な企ての真相を知ると、君臣の義もこれまでと思ったと見え、いい合わせたごとく、相続いて割腹した。
横目付からその届出があると、忠直卿は手にしていた杯を、ぐっと飲み干されてから、微かな苦笑を洩されたまま、なんとも言葉はなかった。家中一同の同情は、翕然《きゅうぜん》として死んだ二人の武士の上に注がれた。「さすがは武士じゃ。見事な最期じゃ」と、褒めそやす者さえ
前へ
次へ
全52ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング