あった。が、人々はこの二人を死せしめた原因を、ただ不可抗力な天災だと考えていた。一種の避くべからざる運命のように思っていた。
 二人が前後して死んでみると、家中の人々の興味は、妻を奪われながら、只一人生き残っている浅水与四郎《あさみずよしろう》の身に集っていた。
 そして、妻を奪われながら、腹を得切らぬその男を、臆病者として非難するものさえあった。
 が、四、五日してから、その男は飄然として登城した、そして、忠直卿にお目通りを願いたいと目付まで申し出《い》でた。が、目付は、浅水与四郎をいろいろに宥《なだ》め賺《すか》そうとした。
「なんと申しても、相手は主君じゃ。お身が今、お目通りに出たら必定お手打ちじゃ。殿の御非道は、我人《われひと》共によく分かっている、がなんと申しても相手は主君じゃ」
 が、与四郎は断然としていい放った。
「たといいかがなろうとも、お目通りを願うのじゃ。たとえ身は八劈《やつざ》きにされようとも、念ないことじゃ。是非お取次ぎ下されい」と、必死の色を示した。
 目付は、仕方なく白書院に詰めている家老の一人へ、その嘆願を伝えた。それを聞いた老年の家老は、「与四郎めは、血
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