。が、それは自分を愛しているのではない、ただ臣下として、君主の前に義務を尽くしているのに過ぎなかった。彼は、恋愛の代りに、義務や服従を喫するのに、飽き果ててしまっていた。
 彼の生活が荒《すさ》むに従って、彼は単なる傀儡《かいらい》であるような異性の代りに、もっと弾力のある女性を愛したいと思った。彼を心から愛し返さなくてもいいから、せめては人間らしい反抗を示すような異性を愛したいと思った。
 そのために、彼は家中の高禄の士の娘を、後房へ連れて来させた。が、彼らも忠直卿のいうことを、殿の仰せとばかり、ただ不可抗力の命令のように、なんの反抗を示さずに忍従した。彼らは霊験あらたかな神の前に捧げられた人身御供のように、純な犠牲的な感情をもって忠直卿に対していた。忠直卿は、その女たちと相対していても、少しも淫蕩な心持にはなれなかった。
 彼の物足りなさは、なお続いた。彼は夫の定まっている女なら、少しは反抗もするだろうと思った。彼は、命じて許婚《いいなずけ》の夫ある娘を物色した。が、そうした女も、忠直卿の予期とは反して、主君の意志を絶対のものにして、忠直卿を人間以上のものに祭り上げてしまった。
 
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