囲に支配した。忠直卿は彼らを愛した。が、彼らの中の何人が彼を愛し返しただろう。忠直卿が愛しても、彼らは愛し返さなかった。ただ、唯々《いい》として服従を提供しただけである。彼は、今も自分の周囲に多くの人間を支配している。が、彼らは忠直卿に対して、人間としての人情の代りに、服従を提供しているだけである。
 考えてみると、忠直卿は恋愛の代用としても服従を受け、友情の代りにも服従を受け、親切の代りにも服従を受けていた。無論、その中には人情から動いている本当の恋愛もあり、友情もあり、純な親切もあったかも知れなかった。が、忠直卿の今の心持から見れば、それが混沌として、一様に服従の二字によって掩《おお》われて見える。
 人情の世界から一段高い所に放り上げられ、大勢の臣下の中央にありながら、索莫たる孤独を感じているのが、わが忠直卿であった。
 こうした意識が嵩ずるにつれ、彼の奥殿における生活は、砂を噛むように落莫たるものになって来た。
 彼は、今まで自分の愛した女の愛が不純であったことが、もう見え透くように思われた。
 自分が、心を掛けるとどの女も、唯々諾々《いいだくだく》として自分の心のままに従った
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