、偽りの勝利を主君にくらわせているのだと思うと、忠直卿の心の焦躁と淋しさと頼りなさは、さらに底深く植えつけられた。忠直卿は、自分の身を危険に置いても、臣下の身体を犠牲にしても、なお本当のことが知りがたい自分の身を恨んだ。
 左太夫が倒れると、右近は少しも悪怯《わるび》れた様子もなく、蒼白な顔に覚悟の瞳を輝かしながら、左太夫の取り落した槍を携《ひっさ》げてそこに立った。
 忠直卿は、右近め、昨夜あのように、思いきった言葉を吐いた男であるから、必死の手向いをするに相違ないと、消えかかろうとする勇気を鼓《こ》して立ち向かった。
 が、この男も左太夫と同じく、自分の罪を深く心のうちに感じていた。そして、潔く主君の長槍に貫かれて、自分の罪を謝そうとしていた。
 忠直卿は、五、六合立ち合っているうちに、相手の右近が、急所というべき胸の辺へ、幾度も隙を作るのを見た。この男も、自分の命を捨ててまで主君を欺《あざむ》き終ろうとしているのだと思うと、忠直卿は不快な淋しさに襲われて来た。そして、相手にうまうまと乗せられて勝利を得るのが、ばかばかしくなって来た。
 が、右近は一刻も早く主君の槍先に貫かれたいと
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