思ったらしく、忠直卿が突き出す槍先に、故意に身を当てるようにして、右の肩口をぐさと貫かれてしまった。
 忠直卿は、見事に昨夜の欝憤を晴らした。が、それは彼の心に、新しい淋しさを植えつけたに過ぎなかった。左太夫も右近も、自分の命を賭してまで、彼らの嘘を守ってしまったことである。
 忠直卿は、その夜遅く、傷のまま自分の屋敷に運ばれた右近と左太夫との二人が、時刻を前後して腹を割《さ》いて死んだという知らせを聞いて、暗然たる心持にならずにはいられなかった。
 忠直卿は、つくづく考えた。自分と彼らとの間には、虚偽の膜がかかっている。その膜を、その偽りの膜を彼らは必死になって支えているのだ。その偽りは、浮ついた偽りでなく、必死の懸命の偽りである。忠直卿は、今日真槍をもって、その偽りの膜を必死になって突き破ろうとしたのだが、その破れは、彼らの血によってたちまち修繕されてしまった。自分と家来との間には、依然としてその膜がかかっている。その膜の向うでは、人間が人間らしく本当に交際《つきあ》っている。が、彼らが一旦自分に向うとなると、皆その膜を頭から被《かぶ》っている。忠直卿は自分一人、膜のこちらに取り残
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