て、紅白の幔幕《まんまく》が張り渡され、上座には忠直卿が昨日と同様に座を占めたが、始終下唇を噛むばかりでなく、瞳が爛々として燃えていた。
 勝負は、昨日とほとんど同様な情勢で進展した。が、昨日の勝敗が皆の心にまざまざと残っているので、組合せの多くは一方にとっては雪辱戦であったから、掛け声は昨日にもまして激しかった。
 紅軍は、昨日よりもさらに旗色が悪かった。大将の忠直卿が出られた時には、白軍には大将、副将をはじめ、六人の不戦者があった。
 見物の家中の者どもが不思議に思うほど、忠直卿は興奮していた。タンポの付いた大身の槍を、熱に浮された男のようにみだりに打ち振った。最初の二人は腫れ物にでも触るように、恟々《きょうきょう》として立ち向った。が、主君の激しい槍先にたちまちに突き竦《すく》められて平伏してしまう。次の二人も、主君の凄まじい気配に怖じ恐れて、ただ型ばかりに槍を振っただけであった。
 五人目に現れたのは、大島左太夫であった。彼は今日の忠直卿の常軌を逸したとも思われる振舞いについて、微かながら杞憂《きゆう》を懐く一人であった。無論、彼は自分の主君が、自分たちの昨夜の立話を立聞きした
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