て臣下の偽らざる賞賛を聞いたように覚えた。が、右近はもっと言葉を続けた。
「以前ほど、勝ちをお譲りいたすのに、骨が折れなくなったわ」
二人の若武士は、そこで顔を見合せて会心の苦笑をしたらしい気配がした。
右近の言葉を聞いた忠直卿の心の中に、そこに突如として感情の大渦巻が声を立てて流れはじめたは無論である。
忠直卿は、生れて初めて、土足をもって頭上から踏み躙《にじ》られたような心持がした。彼の唇はブルブルと顫え、惣身の血潮が煮えくり返って、ぐんぐん頭へ逆上するように思った。
右近の一言によって、彼は今まで自分が立っておった人間として最高の脚台から、引きずり下ろされて地上へ投げ出されたような、名状し難い衝動《ショック》を受けた。
それは、確かに激怒に近い感情であった。しかし、心の中で有り余った力が外にはみ出したような激怒とは、まったく違ったものであった。その激怒は、外面はさかんに燃え狂っているものの、中核のところには、癒しがたい淋しさの空虚が忽然と作られている激怒であった。彼は世の中が急に頼りなくなったような、今までのすべての生活、自分の持っていたすべての誇りが、ことごとく偽りの
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