土台の上に立っていたことに気がついたような淋しさに、ひしひしと襲われていた。
彼は小姓の持っている佩刀《はいとう》を取って、即座に両人を切って捨てようかと意気込んだが、そうした激しい意志を遂げる強い力は、この時の彼の心のうちには少しも残ってはいなかった。
その上、主君として臣下から偽りの勝利を媚びられて得意になっていた自分が浅ましいと同時に、今両人を手刃《しゅじん》して、その浅ましい事実を自分が知っているということを家中の者に知らせるのも、彼にとってはかなりの苦痛であった。忠直卿は、胸の内に湧き返る感情をじっと抑えて、いかなる行動に出ずるのが、いちばん適当であるかを考えた。余りに不用意にこうした経験に出合したため、たださえ興奮しやすい忠直卿の感情は、収拾のつかぬほど混乱した。
忠直卿のそばに、さっきから置物のようにじっとして蹲《うずくま》っていた聰明な小姓は、さすがにこの危機を十分に知っていた。二人の男に、ここに彼らの主君がいることを教えねば、どんな大事が起るかも知れぬと思った。彼は、主君の凄まじい顔色を窺いながら、二、三度小さい咳をした。
小姓の小さい咳は、この場合はなはだ有
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