。
忠直卿は、その二人が誰であるか、見極めようとは思っていなかった。が、二人の声がだんだん近づいて来ると、それが誰と誰とであるかが自然と分かって来た。やや潰れたような声の方は、今日の大仕合に白軍の大将を務めた小野田右近である。甲高い上ずった声の方は、今日忠直卿に一気に突き伏せられた白軍の副大将、大島左太夫である。二人はさっきから、なんでも今日の紅白仕合について話しているらしい。
忠直卿は、大名として生れて初めて、立聞きをするという不思議な興味を覚えて、思わず注意を、その方へ集中させた。
二人は、四阿からは三間とは離れない泉水の汀《みぎわ》で、立ち止まっているらしい。左太夫は、心持声を潜めたらしく、
「時に、殿のお腕前をどう思う?」と、きいた。右近が、苦笑をしたらしい気配がした。
「殿のお噂か! 聞えたら切腹物じゃのう」
「陰では公方《くぼう》のお噂もする。どうじゃ、殿のお腕前は? 真実のお力量は?」と、左太夫は、かなり真剣にきいて、じっと息を凝《こ》らして、右近の評価を待っているようであった。
「さればじゃのう! いかい御上達じゃ」といったまま、右近は言葉を切った。忠直卿は、初め
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