大将は小野田右近《おのだうこん》といった。十二の年から京における槍術の名人|権藤左門《ごんどうさもん》に入って、二十の年には、師の左門にさえ突き勝つほどの修練を得ていた。が、忠直卿は何物をも恐れない。「えい!」と鋭く声を掛けられると、猛然として突き掛った。ただ技術の力というよりも、そこには六十七万石の国主の勢いさえ加わるごとく見えた。二十合にも近い激しい戦いが続いたかと思うと、右近は右の肩先に忠直卿の激しい一突きを受けて、一間ばかり退くと、
「参りました」と、平伏してしまった。
 見物席の人々は、北の庄の城の崩るるばかりに喝采した。忠直卿は得意の絶頂にあった。上席に帰ると、彼は声を揚げて、
「皆の者大儀じゃ。いでこれから慰労の酒宴を開くといたそうぞ」と、叫んだのであった。
 彼は近頃にない上機嫌であった。酒宴の進むにつれ、寵臣は代る代る彼の前に進んだ。
「殿! 大坂陣で矢石《しせき》の間を往来せられまして以来は、また一段と御上達遊ばされましたな。我らごときは、もはや殿のお相手は仕りかねます」と申し上げた。大坂陣の話をさえすれば、忠直卿は他愛もなく機嫌がよかった。
 が、忠直卿もいたく酔
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