その時に、紅軍の大将たる忠直卿は、自ら三間柄の大身の槍をりゅうりゅうと扱《しご》いて、勇気凜然と出場した。まことに山の動くがごとき勢いであった。白軍の戦士は見る見るうちに威圧された。最初に出た小姓頭の男はかねがね忠直卿の猛勇を恐れているだけに、槍を合わすか合わさぬかに、早くも持っていた槍を巻き落されて、脾腹《ひばら》の辺を突かれると、悶絶せんばかりにへたばってしまった。続く馬回りの男とお納戸《なんど》役の男も、一溜りもなく突き伏せられてしまった。が、白軍の副将の大島左太夫《おおしまさだゆう》という男は、指南番大島左膳の嫡子であって、槍を取っては家中無双の名誉を持っていた。
「殿のお勢いも、左太夫にはちと難しかろう」という囁きが、いずこともなく起こった。が、激しく七、八合槍を合わせたかと見ると、左太夫は、したたかに腰の辺を一突き突かれて、よろめく所をつけ入った忠直卿のために、再び真正面から胸の急所を突かれていた。見物席にいた家中一統は、思う存分に喝采した。忠直卿は、やや息のはずまれるのを制しながら、静かに相手の大将の出るのを待った。心のうちは、いつものように得意の絶頂であった。
 白軍の
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