く》な、かつて自説を曲げたことのない艦長でさえしばらくの間、黙っていた。
提督の顔にも、著しい感動の色が浮んだ。彼の心が、二人の日本青年の利益のために動いたことは確からしかった。彼は、やや青みがかっている顔を上げて、一座を見回した。
「ほかに意見はありませんか。ウィリアムス君! ワトソン君?」
そのとき、ワトソンはふと、さっき日本の青年の一人がランプの光で字を認《したた》めているときに、その手指に無数に発生していた伝染性腫物のことを思い出した。
「私は船医の立場から、ただ一言申しておきたい。彼の青年の一人は不幸にも Scabies impetiginosum に冒《おか》されている。それは、わが国において希有《けう》な皮膚病である。ことに艦内の衛生にとっては一つの脅威《メナス》である。私は、艦内の衛生に対する責任者として、一言だけいっておく。むろん私はこの青年に対して限りない同情を懐いているけれども」
ゲビスの正義人道を基本とした雄弁も、この実際問題の前には、たじたじとなった。
提督の顔色が再び動いた。彼は青年の哀願を拒絶するために感ずる心の寂しさを紛《まぎ》らす、いい口実を得
前へ
次へ
全25ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング