海外へ渡航するのを禁じている。我々は、そのことを横浜に停泊していた頃、林大学頭《はやしだいがくのかみ》からきいて知っている。従って、我々はこの法律を順守して、日本人の海外渡航を扶助すべきではない。思うに、かの二人の青年は、日本政府に忠実であるかどうかを試さんとして、送られたる間者である。もし、我々が彼らの志望を許したならば、ただちに日本政府から抗議が来るだろう。そして、我々は、日本政府に不忠実なるものとして、折角平和のうちに得た通商の許可も取り消されないとも限らない」
「いや、貴下は疑い過ぎる」副艦長のゲビスは、毅然《きぜん》として屈しなかった。「貴下は、あの青年たちを見ないから、そんなことをいわれるのだ。彼の青年たちの目は、海外の知識を得ようとする熱心さで、血のように燃えている。それは、決して間者の瞳ではない。彼らの衣類は濡れ、彼らの手指には、無数の水泡を生じている。それは彼らが、潜《ひそ》かに本船に近づかんとして、どんな犠牲を払ったかを語っている。もしも、彼らが日本政府の間者であったならば、彼らはもっと容易に我々のところへ来たに違いない。その上、彼らは本船へ乗り移るときに、彼らにと
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