以後商人達を悩《なや》ますなと、いましめてから許してやった。その後美濃狐は、小川の市に来なくなったので、市人《いちびと》達は皆《みな》欣《よろこ》び合って、平かな交易がつづいた。
この尾張の女は、そうした大力にも似合わず、その姿形は、ねり糸のようにしなやかであった。そして、その郡の大領(郡長)の奥《おく》さんであった。あるとき、主人の郡長のために、麻《あさ》の布を織って、それを着物に仕立てて着せた。それは現在の上布のようなものでしなやかで、すこぶる品のよい着物であった。ところがこの郡長がそれを着て、国司の庁へ行くと、国司が、それを見て、ほしくなったと見え、「その着物をわしによこせ。お前が着るのにはもったいない」と、云って取り上げたまま返さない。
五
郡長が家に帰ると、今朝着せてやった着物を着ていない。妻である尾張の女がそのわけを訊《たず》ねると国司にまき上げられたと云う。妻は、あなたはあの着物を心から惜《お》しいと思うかと訊《き》いた。すると、良人《おっと》は極めて惜しいと思うと答えた。すると、尾張の女は翌日国府へ出かけて行って、国司に面会を求めて返してくれと云っ
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