大力物語
菊池寛

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)朝廷《ちょうてい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)途中|近江《おうみ》国
−−

       一

 昔、朝廷《ちょうてい》では毎年七月に相撲《すもう》の節会《せちえ》が催《もよお》された。日本全国から、代表的な力士を召《め》された。昔の角力《すもう》は、打つ蹴《け》る投げるといったように、ほとんど格闘《かくとう》に近い乱暴なものであった。武内宿彌《たけのうちのすくね》と当麻《たいま》のくえはやとの勝負に近いものだ。
 だから、国々から選ばれる力士も、その国で無双《むそう》の強者《つわもの》だったのである。
 ある時、越前《えちぜん》の佐伯氏長《さえきのうじなが》が、その国の選手として相撲の節会に召されることになった。途中|近江《おうみ》の国高島郡石橋を通っていると、川の水を汲《く》んだ桶《おけ》を頭にいただいて帰ってくる女がいた。
 田舎《いなか》に珍《めずら》しい色白の美人である。氏長は、心がうごいて馬から降りると、その女が桶をささえている左の手をとった。すると、女はニッコリ笑
次へ
全16ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング