、僧都は負われながら脚《あし》でその男の腰をぐっとしめつけた。まるで、腰が切れそうである。男は、びっくりして(失礼な事を申しました。お望みのところへ参ります)と、云った。すると、僧都は(宴《うたげ》の松原へ行って月見をしたい)というと、男はそこまで負って行った。そして、どうぞ降りて下さいといったが、下りようとしない。ゆうゆうと月にうそぶいてから(右近《うこん》の馬場が恋しくなった。あすこへ行け)と、いうと、男は(そんなには、参れません。もう、御かんべんを)と云うと、僧都はまた脚をぐっとしめつけた。すると男は(参ります。参ります)と悲鳴をあげたので、僧都は脚をゆるめた。男は仕方なく、右近の馬場へ行った。そこで、歌など口ずさんでから、今度は喜辻の馬場へ歩けといった。そして、僧都の宿所まで負われて来たときはもう暁《あかつき》近くで、男はへたへたになっていた。僧都は男の背中から下りてから、その男に衣をぬいでやったが、男は地面にうずくまったまま、しばらくの間は起き上れそうにもなかった。
 もう一人もやはり僧侶《そうりょ》で、広沢《ひろさわ》の寛朝僧正《かんちょうそうじょう》という人である。大僧正
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