た。すると国司は、うるさがって、この女を追い出せと、役人達に云いつけた。多勢の役人が、寄ってたかって連れ出そうとするが、ビクとも動かない。たちまち、役人を振りはらって国司に近づくと、片手で国司を引き倒すと、そのまま引きずって、国府の門外へ連れ出した。国司は、青くなって、「返す返す」と、悲鳴を揚《あ》げた。この女は、呉竹《くれたけ》をねり糸のように、くしゃくしゃにする位強かった。ところがこうした強い女も、封建的《ほうけんてき》な家庭制度には敵《かな》わない。良人の父母が云うには、国司を手ごめにした女を妻にしていては、お前はこの先、芽の出るわけはない。私達にも、どんなめいわくが、かかるかもしれない、早速|離縁《りえん》すべきだと。それで主人の郡長は、元々意気地なしだったと見え、父母の教に従って、たちまち妻を離縁した。
尾張の女は仕方なく、故郷へ帰って住んでいた。ある時、故郷を流れている川の南辺へ行って、洗濯《せんたく》をしていると、折から荷物を積んだ船が通りかかった。船の人々がこの女をからかった。あまり、しつこいので、「女だと思って馬鹿にすると、頬《ほ》っぺたをなぐるぞ」と、いった。すると、船の人々は手んでに物を、女に投げつけた。
すると、女は怒って、川の中へはいると、舳《へさき》をぐっと水の中へ押し入れた。荷物が水びたしになった。船の連中は、人を雇《やと》って荷物を陸にあげ、水をかい乾《ほ》して、荷物を積んで、動き出そうとしてまた、女の悪口をいった。女は再び怒ると、今度はその船に手をかけて、人も荷物ものせたままグングン陸の上へ引きあげ、一町ばかり引きずって行った。船の連中は、青くなって、ひたあやまりにあやまった。女はやっと、機嫌《きげん》をなおして、また船を川まで、引きずりもどしてやった。
六
もう一人の女大力は、相撲人《すもうびと》、大井光遠の妹である。光遠は、横ぶとりの力強く足早き角力《すもう》であった。妹は、形|有様《ありさま》尋常《じんじょう》で美しい女であった。光遠とは、少し離れた家に住んでいた。ある日、村人が光遠の所へ馳《か》け付けて来て(たいへんです、妹さんが、盗人《ぬすびと》に人質にとられました)と云った。光遠は、それをきいたが、少しも驚かず(音にきく昔の薩摩《さつま》の氏家なら妹を質にとられようが)と、すましている。村人は、拍子《ひょうし》ぬけがして、妹の家の方へ引き返して来た。先刻、盗人は村人達に追われて逃げ損い、光遠の妹の家に走り込んで、(この女房を人質に取った。寄り近づく者あらば、この女房をさし殺すぞ)と、村人達に宣言したのである。それでその中の一人が、あわてて兄さんの家へ知らせに行ったのであった。
兄が相手にしないので、その村人は一体どんな容子《ようす》かと家の中をのぞいて見た。すると、盗人は光遠の妹を背後から両足で抱《だ》いて、その胸に逆手《さかて》に持った短刀をさしあてている。光遠の妹は、恥《はずか》しいと見えて、袖《そで》で顔をかくしているが、だんだん退屈して来たと見え板の間に荒づくりの矢竹が二、三十ちらばってるのをいじっていたが、それを板の間におしつけると一本ずつわらをにじるように、にじりつぶしている。のぞいていた村人が、びっくりしたが、盗人もそれに気が付いたと見え、顔色が急に青ざめたと見ると、たちまち人質を放して逃げ出した。いったん怖気《おじけ》づいただけに、たちまち村人に捕えられてしまった。その男を村人達は、光遠の家へ連れて行って殺しましょうかと云うと、光遠は笑って(もし妹がその男の太刀を持つ手を逆にねじあげたら、その男の肩《かた》の骨はたちまち砕《くだ》けただろう。危い目に逢《あ》っていたのは、妹でなくてその男だったのだ。殺すわけはないではないか)と、云って逃がしてやった。そして、言葉をつづけた。(妹は、わしより二倍は強い。男に生れたら、日本中に相手はないのだが……)と、嘆息《たんそく》した。
七
女大力物語のついでに、男の方も二、三人書いておく。叡山《えいざん》の西塔《さいとう》に実因|僧都《そうず》という人がいたが、この人が無類の大力であった。ある日、宮中の御加持《ごかじ》に行って、夜更《よふ》けて退出すると、何かの手違いで、供の者が一人もいない。仕方なく衛門の陣《じん》を出ようとすると、軽装した男が一人寄って来て(お供がいないのですか。私が負って差しあげましょう)と云う。それはありがたいと、云って負われると、大宮二条の辻《つじ》まで行って、(ここで降りてくれ)と云う。僧都が(いや、わしの行く先は、ここではない)と、云うと、その男が声を荒らげて(命は惜《お》しくないのか。その衣《きぬ》を脱《ぬ》いで、どこへでも勝手に行け)と、いった。すると
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