うあく》な性質を受けたと見え、現在の闇市《やみいち》の親分のように、商人をいじめては、いろいろな品物を奪《うば》いとっていた。ところが、同じ時に尾張国《おわりのくに》片輪の里に力強き女がいた。この女は、きわめて小柄《こがら》の女であった。大力の聞え高い元興寺の道場法師の孫に当っていた。この尾張の女が、美濃狐のことを聞いて、一度試してやろうと云うので、蛤《はまぐり》と熊葛《くまつづら》で作ったねり皮とを船に積んで、小川の市へやって来た。こういう他国者の新顔を、痛めつけることは昔も今も暴力団的顔役の仕事である。美濃狐は、早速尾張の女の船へ行って、蛤を差し押えて、「お前は、一体、どこの者だ。誰にことわってここで商売をするのか」といった。尾張の女は、だまっていたが、四度目に(どこから来たか大きなお世話だ)と、返事した。すると、美濃狐が怒《おこ》って、尾張の女を打とうと手を出すと、尾張の女はその手を捕《とら》えて、熊葛のねり皮で打った。すると、あまりに力が強いので、そのねり皮に肉がくっついて来た。返すがえす打つと、その度に肉がついた。さすがの美濃狐も、音《ね》を上げて謝った。すると、尾張の女は、以後商人達を悩《なや》ますなと、いましめてから許してやった。その後美濃狐は、小川の市に来なくなったので、市人《いちびと》達は皆《みな》欣《よろこ》び合って、平かな交易がつづいた。
 この尾張の女は、そうした大力にも似合わず、その姿形は、ねり糸のようにしなやかであった。そして、その郡の大領(郡長)の奥《おく》さんであった。あるとき、主人の郡長のために、麻《あさ》の布を織って、それを着物に仕立てて着せた。それは現在の上布のようなものでしなやかで、すこぶる品のよい着物であった。ところがこの郡長がそれを着て、国司の庁へ行くと、国司が、それを見て、ほしくなったと見え、「その着物をわしによこせ。お前が着るのにはもったいない」と、云って取り上げたまま返さない。

       五

 郡長が家に帰ると、今朝着せてやった着物を着ていない。妻である尾張の女がそのわけを訊《たず》ねると国司にまき上げられたと云う。妻は、あなたはあの着物を心から惜《お》しいと思うかと訊《き》いた。すると、良人《おっと》は極めて惜しいと思うと答えた。すると、尾張の女は翌日国府へ出かけて行って、国司に面会を求めて返してくれと云っ
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