「もう、セルを着て居ないと、見っともないわ。」と云い出すと、彼の妻は、譲吉がセルを買ってしまう迄は、五月蠅《うるさ》くその提言を繰返した。譲吉が金の都合で、何《ど》うしても応ぜぬ時などは、自分の小遣銭《こづかいせん》で、黙って買って来て、譲吉に内緒で縫って置いた。そうして、譲吉が改まって外出する時などは、「之《これ》を着て行かない!」と、不意に彼の眼の前に、仕立下ろしの衣物《きもの》を、拡げて見せたりした。
が、譲吉の力でも、彼の妻の力でも、何うしても、出来ない着物があった。夫は大島絣《おおしまがすり》の揃《そろい》である。殊に譲吉の妻は、彼の為に大島を買う、熱心な主張者であった。
「男には大島が一番よく似合ってよ。貴方《あなた》も、是非大島をお買いなさい、夫も片々じゃ駄目だわ。何うしても羽織と、着物とを揃えなけりゃ。是非お買いなさいよ、一|疋《びき》買うといいんだから、今年の秋迄には是非お買いなさいよ。男は大島に限るわ。」と、彼の妻は、着物の話が出る度に、屹度《きっと》大島を讃美したが、譲吉の月々の余裕と云っても夫は二三十円と、纏《まとま》った金でなかった。又彼の妻としても、一度に
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