えるとき、穴と反対の側をコツコツと啄き、虫をおどろかして穴から出たところを喰べようと云うのである。その上、重陽の節句を利用して、敵の油断に乗じたのである。
しかし、啄木鳥に穴の底を叩かれて、ノコノコ這い出すような謙信ではなかった。
八月十六日以来、謙信は只々山上を逍遙《しょうよう》して古詩を咏じ琵琶を弾じ自ら小鼓をうって近習に謡わせるなど余裕|綽々《しゃくしゃく》であった。直江大和守等これを不安に思い、「敵は川中島に陣取り、我が糧道を絶ちたるため、我が軍の糧食は今後|将《まさ》に十日にして尽きん。速《すみやか》に春日山の留守隊に来援を命じ甲軍の背後を衝《つ》かしめられては如何《いかん》」と進言したが、謙信は「十日の糧食があれば充分だ」と云って聴かず、大和守は「もし晴信海津の城兵を以て我を牽制し彼自ら越後に入らば策の施すべきなし」といえば、謙信笑って「春日山は厳重にしてあるから不安はない。晴信もし越後に入らば我|亦《また》甲府をつかんのみ」と言ってすましていた。九月九日謙信は重陽の佳節を祝した後、夕方例の如く古詩を誦しつつ高地を漫歩しつつ遙に海津城をのぞめば炊煙異常に立ちのぼっている
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