だ青木は、
「もう僕も、大学生なんだから、月に十円や十五円の内職をすることは、なんでもないことだから、僕が働いて月十円は必ず君に送金する。それは当然僕のなさねばならぬ義務だ」と、青木はその大きな目に涙を湛えながら、感激していった。

 雄吉の京都における生活は、かなり苦しい悲惨なものであった。彼は、ある人の世話で、職工夜学校の教師をした。が、それは彼の時間のほとんどすべてを奪って、しかもわずかな報償を与えるのに過ぎなかった。彼は、ノートを購《あがな》うにさえ、多くの不自由を感じた。彼は一時の興奮と陶酔とのために、青木のために払った犠牲のあまりに大きかったのを後悔し始めた。彼は、よく芝居で見た身代りということを、考え合わせた。一時の感激で、主君のために命を捨てる。それはその場きりのことだ。感激のために、理性が盲目にされているその場限りのことだ。雄吉自身の場合のごとく、その感激が冷めているのに、まだその感激のためにやった一時の出来心の恐ろしい結果を、背負わされているのは堪らないことだと思った。
 青木が、涙を流しながら誓った送金は、いつが来ても実現しなかった。雄吉は堪らなくなって、二、三度
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