をしながら、二人の後姿を睨んでゐた。もう一言何とか言つて見ろ。そのまゝには済まさないぞ。彼の激昂した心がさうした呻《うめき》を洩して居た。
五
さうした恐ろしい豹が、彼等の背後に蹲まつてゐようとは、気の付いてゐない二人は、今度は四辺《あたり》を憚るやうに、しめやかに何やら話し始めた。
もう一言、学生が何か云つたら、飛び出して、面と向つて云つてやらうと、逸《はや》つてゐた勝平も、相手が急に静《しづか》になつたので、拍子抜がしながら、而もその儘立ち去ることも、業腹なので、二人の容子を、ぢつと睨み詰めてゐた。
自分に対する罵詈のために、カツとなつてしまつて、青年の顔も少女の顔も、十分眼に入らなかつたが、今は少し心が落着いたので、二人の顔を、更めて見直した。
気が付いて見れば見るほど、青年は男らしく、美しく、女は女らしく美しかつた。殊に、少女の顔に見る浄い美しさは、勝平などが夢にも接したことのない美しさだつた。彼は、心の中で、金で購つた新橋や赤坂の、名高い美妓の面影と比較して見た。何と云ふ格段な相違が其処にあつただらう。彼等の美しさは、造花の美しさであつた。偽真珠の
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