彼は、つい十分ほど前まで、今日の園遊会に集まつてゐる、凡ての人々は自分の金力に対する讃美者であると思つてゐた。讃美者ではなくとも、少くとも羨望者であると思つてゐた。否少くとも、自分の持つてゐる金の力|丈《だけ》は、認めて呉れる人達だと思つてゐた。今日集まつてゐる首相を初め、いろ/\な方面の高官も、M公爵を筆頭に多くの華族連中も、海軍や陸軍の将官達も、銀行や会社の重役達も、学者や宗教家や、角力や俳優達も、自分の持つてゐる金力の価値|丈《だけ》は認めて呉れる人だと思つてゐた。認めてゐて呉れゝばこそやつて来たのだと思つてゐた。それだのに、歯牙にもかけたくない、生若い男女の学生が、たとひ貴族の子女であるにしろ、今日の会場の中央で、たとひ自分の顔を見知らぬにせよ、自分の目前で、自分の生活を罵るばかりでなく、自分が命綱《いのちづな》とも思ふ金の力を、頭から否定してゐる。金を持つてゐる自分達の生活を、否人格まで、散々に辱めてゐる。さう考へて来ると、先刻まで晴やかに華やかに、昂ぶつてゐた勝平の心は、苦い韮《にら》を喰つたやうに、不快な暗いものになつてしまつた。彼は、かすり傷を負つた豹のやうな、凄い表情
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