コリ笑つた。
「其処へ来ると、貴女のお父様なんか立派なものだ。何処へ出しても恥かしくない。いつでも、清貧に安んじていらつしやる。」青年は靴の先で散り布いてゐる落花を踏み躙りながら云つた。
「父のは病気ですのよ。」女は、一寸美しい眉を落し「あんなに年が寄つても、道楽が止められないのですもの。」さう云つた声は、一寸淋しかつた。
「道楽ぢやありませんよ。男子として、立派な仕事ぢやありませんか。三十年来貴族院の闘将として藩閥政府と戦つて来られたのですもの。」
 青年は、女を慰めるやうに云つた。が、先刻成金を攻撃したときほどの元気はなかつた。二人は話が何時か、理に落ちて来た為だらう。孰《ど》ちらからともなく、黙つてしまつた。青年は、他の一つの腰掛を、二三尺動かして来て、女と並んで腰をかけた。生《なま》あたゝかい晩春の微風が、襲つて来た為だらう。花が頻りに散り始めた。
 勝平は先刻から、幾度此の場を立ち去らうと思つたか、分らなかつた。が、自分に対する悪評を怖れて、コソ/\と逃げ去ることは、傲岸な彼の気性が許さなかつた。張り裂けるやうな憤怒を、胸に抑へて、ぢつと青年の攻撃を聞いてゐたのであつた。
 
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