美しさであつた。一目|丈《だけ》は、ごまかしが利くが二目見るともう鼻に付く美しさであつた。が、この少女は、夜毎に下る白露に育まれた自然の花のやうな生きた新鮮な美しさを持つてゐた。人間の手の及ばない海底に、自然と造り上げらるゝ、天然真珠の如き輝きを持つてゐた。一目見て美しく、二目見て美しく、見直せば見直す毎に蘇つて来る美しさを持つてゐた。
 勝平が、今迄金で買ひ得た女性の美しさは、此少女の前では、皆偽物だつた。金で買ひ得るものと思つてゐたものは、皆贋物だつたのだ。勝平は此少女の美しさからも、今迄の誇《プライド》を可なり傷けられてしまつた。
 それ丈《だけ》ではなかつた。此二人が、恋人同士であることが、勝平にもすぐそれと判つた。二人の交してゐる言葉は、低くて聞えなかつたが、時々お互に投げ合つてゐる微笑には、愛情が籠もつてゐた。愛情に燃えてゐながら、而も浄く美しい微笑だつた。
 二人の睦じい容子を見てゐる裡に、勝平の心の中の憤怒は何時の間にか、嫉妬をさへ交へてゐた。『凡ての事は金だ。金さへあればどんな事でも出来る。』と思つてゐた彼の誇は、根柢から揺り動かされてゐた。此の二人の恋人が、今感じ合
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