つてゐるやうな幸福は、勝平の全財産を、投じても得られるか、何《ど》うか分らなかつた。少女の顔に浮ぶ、浄いしかも愛に溢れた微笑の一つでさへ、購ふことが出来るだらうか。いかにも、新橋や赤坂には、彼に対して、千の媚を呈し、万の微笑を贈る女は、幾何《いくら》でもゐる。が、その媚や微笑の底には、袖乞ひのやうな卑しさや、狼のやうな貪慾さが隠されてゐた。此の若い男女が交してゐるやうな微笑とは、金剛石と木炭のやうに違つてゐた。同じ炭素から成つてゐても、金剛石が木炭と違ふやうに、同じ笑でも質が違つてゐたのだ。
青年が、勝平の金力をあんなに、罵倒するのも無理はなかつた。実際彼は、金力で得られない幸福があることを、勝平の前で示してゐるのだつた。
青年の罵倒が単なる悪口でなく、勝平に取つては、苦い真理である丈《だけ》に、勝平の恨みは骨に入つた。また、罵倒した後で、罵倒する権利のあることを、勝平にマザ/\と見せ付けた丈《だけ》に、勝平の憤《いきどほり》は、肝に銘じた。彼は、一突き刺された闘牛のやうに、怒つてゐた。もう、自制もなかつた。彼が、先刻まで誇つてゐた社会的位置に対する遠慮もなかつた。彼は樫の木に出来
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