る木瘤のやうな拳を握りしめながら、今にも青年に飛びかゝるやうな身構へをしてゐた。
 その時に、蹲まつてゐた青年がつと立ち上つた。女も続いて立ち上りながら云つた。
「でも、何か召し上つたら何《ど》う。折角いらしつたのですもの。」
「僕は、成金輩の粟《ぞく》を食《は》むを潔《いさぎよ》しとしないのです。ハヽヽヽ。」
 青年は、半分冗談で云つたのだつた。が、憤怒に心の狂ひかけてゐた勝平にとつては、最後の通牒だつた。彼は、寝そべつてゐた獅子のやうに、猛然と腰掛から離れた。

        六

 勝平の激怒には、まだ気の付かない青年は、連の女を促して、丘を下らうとしてゐるのだつた。
「もし、もし、暫らく。」勝平の太い声も、遉《さすが》に顫へた。
 青年は、何気ないやうに振返つた。
「何か御用ですか。」落着いた、しかも気品のある声だつた。それと同時に、連の女も振返つた。その美しい眉に、一寸勝平の突然の態度を咎めるやうな色が動いた。
「いや、お呼び止めいたして済みません。一寸御挨拶がしたかつたのです。」と、云つて勝平は、息を切つた。昂奮の為に、言葉が自由でなかつた。二人の相手は、勝平の昂奮した様
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