しやい。」と、近くで若い青年の声がした。ふと、その方を見ると、スラリとした長身に、学校の制服を着けた青年が、丘の麓を見下しながら、誰かを麾《さしまね》いてゐる所だつた。
青年は、今日招待した誰かゞ伴つて来た家族の一人であらう。勝平には、少しも見覚えがなかつた。青年も、此の家の主人公が、こんな淋しい処に、一人ゐようなどとは、夢にも気付いてゐないらしく、麓の方を麾いてしまふと、ハンカチーフを出して、其処にある陶製の腰掛の埃を払つてゐるのだつた。
急に、丘の中腹で、うら若い女の声がした。
「まあ、ひどい混雑ですこと。妾《わたし》いやになりましたわ。」
「どうせ、園遊会なんてかうですよ。あの模擬店の雑沓は、何うです。見てゐる丈でも、あさましくなるぢやありませんか。」と、青年は丘の中腹を、見下しながら、答へた。
それには何とも答へないで、昇つて来るらしい人の気勢《けはひ》がした。青年の言葉に、一寸傷つけられた勝平は、ぢつと其方を、睨むやうに見た。最初、前髪を左右に分けた束髪の頭の形が見えた。それに続いて、細面の透き通るほど白い女の顔が現れた。
三
やがて、女は丘の上に
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