、先刻|三鞭酒《シャンペンしゆ》を、六七杯も重ねたものだから。もう暫らく捨てゝ置いて下さい。直ぐ行きますよ、後から直ぐ。」
 さう云つて、捕へられてゐた腕を、スラリと抜くと、澤田はその機《はづ》みで、一間ばかりひよろひよろと下へ滑つて行つたが、其処で一寸踏み止まると、
「それぢや後ほど。」と云つたまゝ空になつた杯《コップ》を、右の手で振り廻すやうにしながら、ふら/\丘の麓にある模擬店の方へ行つてしまつた。
 園内の数ヶ所で始まつてゐる余興は、それ/″\に来会した人々を、分け取りにしてゐるのだらう。勝平の立つてゐる此の広い丘の上にも五六人の人影しか、残つてゐなかつた。勝平に付き纏つてゐた芸妓達も、先刻《さつき》踊りが始まる拍子木が鳴ると、皆その方へ馳け出してしまつた。
 が、勝平は四辺《あたり》に人のゐないのが、結局気楽だつた。彼は、其処に置いてある白い陶製の腰掛に腰を下しながら、快い休息を貪つてゐた。心の中は、燃ゆるやうな得意さで一杯になりながら。
 彼が、暫らく、ぼんやりと咲き乱れてゐる八重桜の梢越しに、薄青く澄んでゐる空を、見詰めてゐる時だつた。
「茲は静かですよ。早く上つていらつ
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