ンしゆ》のために、可なり危かしい足付をしながら。
丘の上には、数本の大きい八重桜が、爛漫と咲乱れて、移り逝く春の名残りを止めてゐた。其処から見渡される広い庭園には、晩春の日が、うら/\と射してゐる。五万坪に近い庭には、幾つもの小山があり芝生があり、芝生が緩やかな勾配を作つて、落ち込んで行つたところには、美しい水の湧く泉水があつた。
その小山の上にも、麓にも、芝生の上にも、泉水の畔《ほと》りにも、数奇を凝らした四阿《あづまや》の中にも、モーニングやフロックを着た紳士や、華美な裾模様を着た夫人や令嬢が、三々伍々打ち集うてゐるのだつた。
人の心を浮き立たすやうな笛や鼓の音が、楓の林の中から聞えてゐる。小松の植込の中からは、其処に陣取つてゐる、三越の少年音楽隊の華やかな奏楽が、絶え間なく続いてゐる。拍子木が鳴つてゐるのは、市村座の若手俳優の手踊りが始まる合図だつた。それに吸ひ付けられるやうに、裾模様や振袖の夫人達が、その方へゾロ/\と動いて行くのだつた。
勝平は、さうした光景や、物音を聞いてゐると、得意と満足との微笑が後から後から湧いて来た。自分の名前に依つて帝都の上流社会がこんなに集
前へ
次へ
全625ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング