計を、大尉の頑丈な手首から、取り外した時の駭《おどろ》きは、何んなであつたらう。若《も》し、大尉が其処に居合せなかつたら、自分は思はず叫声を挙げたに違《ちがひ》ない。自分が、それを持つてゐる手は思はず、顫へたのである。
自分は急《せ》き込んで訊いた。
「これは、何処からお買ひになつたのです。」
「いや、買つたのではありません。ある人から貰つたのです。」
大尉の答は、憎々しいほど、落着いてゐた。しかも、その落着の中に、得意の色がアリ/\と見えてゐるではないか。
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七
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――その時計は、自分の時計と、寸分違つてはゐなかつた。象眼の模様から、鏤めてあるダイヤモンドの大きさまで。それは、彼女に取つてかけ替のない、たつた一つの時計ではなかつたのか。自分は自分の手中にある大尉の時計を、庭の敷石に、叩き付けてやりたいほど興奮した。が、大尉は自分の興奮などには気の付かないやうに、
「何うです。仲々奇抜な意匠でせう。一寸類のない品物でせう。」と、その男性的な顔に得意な微笑を続けてゐた。自分は、自分の右の手首に入れてゐるそれと、寸分違
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