ぎた。たとひ愛妻の静子が、いかに待ちあぐんでゐるにしても。
「まあ、よさう。電車で行けば訳はないのだから。」と、彼は心の裡で考へてゐる事とは、全く反対な理由を云ひながら、洋服を着た大男を振り捨てゝ、電車に乗らうとした。が、大男は執念《しふね》く彼を放さなかつた。
「まあ、一寸お待ちなさい。御相談があります。実は、熱海まで行かうと云ふ方があるのですが、その方と合乗《あひのり》して下さつたら、如何でせう、それならば大変格安になるのです。それならば、七円|丈《だけ》出して下されば。」
信一郎の心は可なり動かされた。彼は、電車の踏み段の棒にやらうとした手を、引つ込めながら云つた。「一体、そのお客とはどんな人なのだい?」
四
洋服を着た大男は、信一郎と同乗すべき客を、迎へて来る為に、駅の真向ひにある待合所の方へ行つた。
信一郎は、大男の後姿を見ながら思つた、どうせ、旅行中のことだから、どんな人間との合乗《あひのり》でもたかが三四十分の辛抱だから、介意《かまは》ないが、それでも感じのいゝ、道伴《みちづれ》であつて呉れゝばいゝと思つた。傲然とふんぞり返るやうな、成金風の湯治
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