/\云つた。
「ホヽヽヽ貴方様も、他人の秘密を聴くことが、お好きだと見えますこと。」夫人は、忽ち信一郎を突き放すやうに云つた。その癖、顔一杯に微笑を湛へながら、「恋人を突然奪はれたその令嬢に、同情して、黙つて私に委して下さいませ。私が責任を以て、青木さんの霊《たましひ》が、満足遊ばすやうにお計ひいたしますわ。」
 信一郎は、もう一歩も前へ出ることは出来なかつた。さうした令嬢が、本当にゐるか何うかは疑はれた。が、夫人が時計の持主を、知つてゐることは確かだつた。それが、夫人の云ふ通《とほり》、子爵の令嬢であるか何うかは分らないとしても。
「それでは、お委せいたしますから、何うかよろしくお願ひいたします。」
 さう引き退るより外はなかつた。
「確《たしか》にお引き受けいたしましたわ。貴方さまのお名前は、その方にも申上げて置きますわ。屹度、その方も感謝なさるだらうと存じますわ。」
 さう云ひながら、夫人はその血の附いた時計を、懐から出した白い絹のハンカチーフに包んだ。
 信一郎は、時計が案外容易に片づいたことが、嬉しいやうな、同時に呆気ないやうな気持がした。少年が紅茶を運んで来たのを合図のやう
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