ゞくやうに、仰しやいました。」
信一郎は、それを聞くと、もう夫人に会ふ確な望みを得た。
「今日、お葬式がありました青木淳氏のことで、一寸お目にかゝりたいのですが……」と、云つた。少年は、又勢ひよく階段を馳け上つて行つた。今度は、以前のやうに早くは、馳け降りて来なかつた。会はうか会ふまいかと、夫人が思案してゐる様子が、あり/\と感ぜられた。五分近くも経つた頃だらう。少年はやつと、二階から馳け降りて来た。
「御紹介状のない方には、何方《どなた》にもお目にかゝらないことにしてあるのですが、貴君《あなた》様を御信用申上げて、特別にお目にかゝるやうに仰しやいました。どうぞ、此方へ。」と、少年は信一郎を案内した。玄関を上つた処は、広間だつた。その広間の左の壁には、ゴヤの描いた『踊り子』の絵の、可なり精緻な模写が掲げてあつた。
女王蜘蛛
一
信一郎の案内せられた応接室は、青葉の庭に面してゐる広い明るい部屋だつた。花模様の青い絨氈の敷かれた床の上には、桃花心木《マホガニイ》の卓子《テーブル》を囲んで、水色の蒲団《クション》の取り附けてある腕椅子《アームチェイア》が五六脚置
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