心に、その死よりも強き愛に、よゝとばかり、泣き伏してしまつた。
その夜、瑠璃子の魂は、美しかりし彼女の肉体を永久に離れた。烈々たる炎の如き感情の動くまゝに、その短生《たんせい》を、火花の如く散らし去つた彼女の勝気な魂は、恐らく何の悔をも懐くことなく縹渺《へうべう》として天外に飛び去つたことだらう。
七
母を失つた美奈子の悲嘆は、限りもなかつた。彼女は、世の中の凡てを失ふとも、母さへ永らへて呉れゝばと、嘆き悲しんだ。
母の亡骸《なきがら》が、棺に納められた後、彼女は涙の裡に母の身辺のものを、片づけにかゝつてゐた。そして、最後に、母が刺されたその夜に、身に付けてゐた、白い肌襦袢に、手を触れなければならなかつた。それには、所々血が浸《にじ》んでゐた。美奈子は、それに手を触れるのが恐ろしかつた。が、母が身に付けたものを、他人の手にかけるのは、厭だつた。彼女は、恐る/\それを手に取り上げた。そのときに、彼女はふとその襦袢の胴のところに、布類とは違つた堅い手触りを感じた。彼女は駭《おどろ》いて見直した。其処には何か紙片《かみきれ》のやうなものが、軽く裏側から別に布を掩うて
前へ
次へ
全625ページ中621ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング