》しめた瑠璃子の顔が、彼の頭の中で、大きくなつたり、小さくなつたり、幾つにも分れて、巴《ともゑ》のやうに渦巻いたりした。
 が、だん/\走りつゞけて、早川の岸に出たときには、彼の身体が、疲れるのと一緒に、疲労から来る落着が、彼の狂ひかけてゐた頭を、だん/\冷静にしてゐた。
 彼の走る速力が緩むのと同時に、彼の頭は、だん/\いろ/\な事を考へ初めてゐた。
 彼が、死んだ兄と一緒に、荘田の家へ、出入し初めた頃のことなどが、ぼんやりと頭の中に浮んで来た。
 荘田夫人の美しい端麗な容貌や、その溌剌として華やかな動作や、その秀れた教養や趣味に、兄も自分も、若い心を、引き寄せられて行つた頃の思ひ出が、後から/\頭の中に浮んで来た。
 夫人が、多くの男性の友達の中から、特に自分達兄弟を愛して呉れたこと、従つて自分達も、頻りに夫人の愛を求めたこと、その中に、兄が夫人に熱狂してしまつたこと、兄が夫人の愛を独占しようとしたこと、兄が自分に対して軽い嫉妬を感じたこと、さうしたことが、とりとめもなく、彼の頭の中に浮んだ。
 実際、自分の兄が、夫人に対して、熱愛を懐いてゐることを知つたとき、彼は兄に対する遠慮か
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