子は、何だかその不知人《ストレンジャー》が、気になつたが、母に訊くことが、悪いやうに思つて、何うしても口に出せなかつた。すると、ホテルの門を出た頃に、先刻から黙つてゐた青年が初めて瑠璃子に口を利いた。
「一体今の人は誰です。御存じぢやありませんか。」
「いゝえ! ちつとも、心当りのない方ですわ。でも、可笑しな人ですわね。妾《わたし》達を、ぢつと見詰めたりなんかして。」
瑠璃子は、何気なく云つたらしかつた。が、声が平素《いつも》のやうに、澄んだ自信の充ち満ちた声ではなかつた。
「さうですか、御存じないのですか。でも、先方は、僕達のことをよく知つてゐるやうですねえ。」
青年は、不審《いぶか》しげにさう云つた。が、瑠璃子は、聞えないやうに返事をしなかつた。
三人は、底気味の悪い沈黙を、お互の間に醸《かも》しながら、宮の下の停留場から、強羅行の電車に乗つた。
が、電車に乗つても、三人は散歩に行くと云つたやうな気持は少しもなかつた。美奈子は、人身御供にでもなつたやうな心持で、たゞ母の意志に従つてゐると云ふのに過ぎなかつた。
青年は、無論最初から滅入つてゐた。大事な返事を体よく延ばされた
前へ
次へ
全625ページ中561ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング