なかつた。直ぐその後から、丸顔の可愛い二十《はたち》ばかりの夫人らしい女が、自動車から降りた。
 美奈子は、夫婦とも全然見覚えがなかつた。
 瑠璃子が、相手の顔を見ると、ハツと駭いたやうに、紳士も瑠璃子の顔を見ると、ハツと顔色を変へながら、立竦んでしまつた。
 紳士と瑠璃子とは、互に敵意のある眼付を交しながら、十秒二十秒三十秒ばかり、相対して立つてゐた。それでも、紳士の方は、挨拶しようかしまいかと、一寸|躊躇《ためら》つてゐるらしかつたが、瑠璃子が黙つて顔を背けてしまふと、それに対抗するやうに、また黙つて顔を背けてしまつた。
 が、瑠璃子から顔を背けた相手は、彼女の右に立つてゐる青年の顔を見ずにはゐなかつた。青年の顔を見たときに、紳士の顔は、前よりも、もつと動揺した。彼の駭きは、前よりも、もつと烈しかつた。彼は、声こそ出さなかつたが、殆んど叫び出しでもするやうな表情をした。
 彼は、狼狽《あわて》たやうに瑠璃子の顔を見直した。再び青年の顔を見た。そして、青年の顔と瑠璃子の顔とを見比べると、何か汚らはしいものをでも見たやうな表情をしながら、妻を促して、足早に階段を上つてしまつた。
 美奈
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