ありませんか。ねえ! 青木さん。何をそんなに、気にかけていらつしやるの。」
 さう、可なり優しく云つてから、彼女は意味ありげに附け加へた。
「妾《わたし》此間中から、考へてゐることがあつて、くさ/\してしまつたの。散歩でもして、気を晴らしてから、もつとよく考へて見たいと思ふの。」
 それは、暗に青年に対する云ひ訳のやうであつた。まだ、十分に考へが纏つてゐないこと、従つて今夜の返事を待つて呉れと云ふ意味が、言外に含まれてゐるやうだつた。
 それを聴くと、青年の怒りは幾分、解けたらしかつた。彼は不承々々に椅子から、腰を離した。
 美奈子も、やつと安心した。やつぱり、母は、真面目に、此二三日口も利かずに、青年の申出を、考へたに違ひない。それが、到頭纏りが付かないために、返事の延期を、青年にそれとなく求めたに違ひない。それを、青年が不承々々ではあるが、承諾した以上、今夜の約束を延ばされたのだ。さう思ふと、自分が母達に同伴することが、必ずしも青年の恋の機会の邪魔をすることではないと思ふと彼女は漸く同伴する気になつた。
 三人は、それ/″\に、いつもよりは、少しく身拵《みごしらへ》を丁寧にした。

前へ 次へ
全625ページ中558ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング