《ベンチ》に、腰を下してしまつた。
 美奈子は、苦しい境遇から、一歩を逃れてホツと一息した。が、また直ぐ、母と青年とが、話し初める会話を、何うしても立聞かねばならぬかと思ふと、彼女はまた新しい当惑に陥ちてゐた。彼女は母と青年とが、話し初めることを聞きたくなかつた。それは、彼女にとつて余りに恐ろしいことだつた。殊に、母と青年とが、ああまで寄り添うて歩いてゐるところを見ると、それが世間並の話でないことは、余りに判りすぎた。彼女は、自分の母の秘密を知りたくなかつた。今まで、信頼し愛してゐる母の秘密を知りたくなかつた。美奈子は、自分の眼が直ぐ盲になり、耳が直ぐ聾することを、どれほど望んでゐたか判らなかつた。若し、それが出来なければ、一目散に逃げたかつた。若し、それが出来なかつたら、両手で二つの耳を堅く/\掩うてゐたかつた。
 が、彼女がどんなに聴くことを、厭がつても、聞えて来るものは、聞えて来ずには、ゐなかつたのである。夜の静かなる闇には、彼等の話声を妨げる少しの物音もなかつたのである。

        四

 夜は静《しづか》だつた。母と青年との話声は、二間ばかり隔つてゐたけれども、手に取
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