美奈子|丈《だけ》が一番苦しかつた。可憐な優しい美奈子|丈《だけ》が苦しんでゐた。
「美奈さん! 何《ど》うかしたのぢやないの?」
 美奈子が、黙つたまゝ、露台《バルコニー》の欄干に、長く長く倚つてゐるときなど、母は心配さうに、やさしく訊ねた。が、そんなとき、
「いゝえ! どうもしないの。」
 寂しく笑ひながら答へる、小さい胸の内に、堪へられない、苦しみがあることは、明敏な瑠璃子にさへ判らなかつた。
 青年も、美奈子が、――一度あんなに彼に親しくした美奈子が、又掌を飜《かへ》すやうに、急に再び疎々《うと/\》しくなつたことが、彼の責任であることに、彼も気が付いてゐなかつた。
 夕暮の楽しみにしてゐた散歩にも、もう美奈子は楽しんでは、行かなかつた。少くとも、青年は美奈子が同行することを、厭がつてはゐないまでも、決して欣んではゐないだらうと思ふと、彼女はいつも二の足を踏んだ。が、そんなとき、母はどうしても、美奈子一人残しては行かなかつた。彼女が二度も断ると母は屹度《きつと》云つた。
「ぢや、妾《わたし》達も行くのを廃《よ》しませうね。」
 さう云はれると、美奈子も不承々々に、承諾した。

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