つた。自分の結婚などは、青年にはどうでもよかつたのだ。たゞ、自分が結婚した後に起る筈の、母の再婚を確めるために、自分の結婚を、口にしたのに過ぎないのだ。それとは知らずに、興奮した自分が、恥しくて恥しくて堪らなかつた。彼女の処女らしい興奮と羞恥とは、物の見事に裏切られてしまつたのだ。
 彼女は、照つてゐる月が、忽ち暗くなつてしまつたやうな思《おもひ》がした。青年と並んで歩くことが堪らなかつた。彼女の幸福の夢は、忽ちにして恐ろしい悪夢と変じてゐた。
 彼女はそれでも、砕かれた心をやつと纏めながら返事だけした。
「妾《わたくし》、母のことはちつとも存じませんわ。」
 彼女の低い声には、綿々たる恨《うらみ》が籠つてゐた。


 夜の密語

        一

 青年との散歩が、悲しい幻滅に終つてから、避暑地生活は、美奈子に取つて、喰はねばならぬ苦い苦い韮《にら》になつた。
 開きかけた蕾が、さうだ! 周囲の暖かさを信じて開きかけた蕾が、周囲から裏切られて思ひがけない寒気に逢つたやうに、傷つき易い少女の心は、深い/\傷を負つてしまつた。
 それでも、温和《おとな》しい彼女は、東京へ一人で帰ると
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