かつた。
美奈子は、青年が此の次に、何を言ひ出すかと云ふ期待で、身体全体が焼けるやうであつた。心が波濤のやうに動揺した。小説で読んだ若い男女の|恋の場《ラヴ・シーン》が、熱病患者の見る幻覚のやうに、頭の中に頻りに浮んで来た。
が、美奈子のもしやと云ふ期待を裏切るやうに、青年は黙つてゐた。月の光に透いて見える白い頬が、やゝ興奮してゐるやうには見えるけれども、美奈子の半分も熱してゐないことは明かだつた。
美奈子も裏切られたやうに、かすかな失望を感じながら、黙つてしまつた。
沈黙が五分ばかりも続いた。
「もう、そろ/\帰りませうか。まるで秋のやうな冷気を感じますね。着物が、しつとりして来たやうな気がします。」
青年は、さう言ひながら欄干を離れた。青年の態度は、平生の通りだつた。優しいけれども、冷静だつた。
美奈子は夢から覚めたやうに、続いて欄干を離れた。自分だけが、興奮したことが、恥しくて堪らなかつた。自分の独合点《ひとりがてん》の興奮を、相手が気付かなかつたかと思ふと、恥しさで地の中へでも隠れたいやうな気がした。
が、丁度二三町を帰りかけたときだつた。青年は思ひ出したやうに訊
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