本当に浴衣の袖で顔を掩うた。処女らしい嬌羞が、その身体全体に溢れてゐた。が、彼女の心は、憎からず思つてゐる青年からの讃辞を聴いて、張り裂けるばかりの歓びで躍つてゐた。
 山の端を離れた月は、此の峡谷に添うてゐる道へも、その朗かな光を投げてゐた。美奈子はつい二三尺離れて、月光の中に匂うてゐる青年の白皙の面《おもて》を見ることが出来た。青年の黒い眸が、時々自分の方へ向つて輝くのを見た。
 二人は、もう一時間前の二人ではなかつた。今まで、遠く離れてゐた二人の心は、今可なり強い速力で、相求め合つてゐるのは確かだつた。
 二人は、また黙つたまゝ、歩いた。が、前のやうな固くるしい沈黙ではなかつた。黙つてゐても心持|丈《だけ》は通つてゐた。
「もつと歩いても、大丈夫ですか。」
 木賀が過ぎて宮城野近くなつたとき、青年は再び沈黙を破つた。
「はい。」
 美奈子は、慎しく答へた。が、心の裡では、『何処までも/\』と云ふ積《つもり》であつたのだ。

        六

 木賀から、宮城野まで、六七町の間、早川の谿谷に沿うた道を歩いてゐる裡に、二人は漸く打ち解けて、いろ/\な問を訊いたり訊かれたりした。

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