ゐる美奈子の心には、散歩をしてゐると云つたやうな、のんきな心持は少しもなかつた。胸が絶えず、わく[#「わく」に傍点]/\して、息は抑へても/\弾むのであつた。
 青年も、黙つてゐた。たゞ、黙つてグン/\歩いてゐた。二人は、散歩とは思はれないほどの早さで、歩いてゐた。何処へ行くと云ふ当もなしに。
 早川の谿谷の底|遥《はる》かに、岩に激してゐる水は、夕闇を透してほのじろく見えてゐた。その水から湧き上つて来る涼気は、浴衣《ゆかた》を着てゐる美奈子には、肌寒く感ぜられるほどだつた。
 青年が、何時までも黙つてゐるので、美奈子の心は、妙に不安になつた。美奈子は自分が後を追つて来たはしたなさ[#「はしたなさ」に傍点]を、相手が不愉快に思つてゐるのではないかと、心配し始めた。自分が思ひ切つて後を追つて来たことが、軽率ではなかつたかと、後悔し初めた。
 が、二人が丁度、底倉と木賀との間を流れてゐる、蛇骨川《じやこつがは》の橋の上まで、来たときに、青年は初めて口を利いた。立ち止つて空を仰ぎながら、
「御覧なさい! 月が、出かゝつてゐます。」
 さう云はれて、今迄俯きがちに歩いて来た美奈子も、立ち止つて
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