自分と一緒に帰つてもいゝと、云ひ出すかも知れない。軽便鉄道の駅までは、迎へに来てゐるかも知れない。いや、静子は、そんなことに気の利く女ぢやない。あれは、おとなしく慎しく待つてゐる女だ。屹度、あの湯の新築の二階の欄干にもたれて、藤木川に懸つてゐる木橋をぢつと見詰めてゐるに違ひない。そして、馬車や自動車が、あの橋板をとゞろかす毎に、静子も自分が来たのではないかと、彼女の小さい胸を轟かしてゐるに違ひない。
信一郎の、かうした愛妻を中心とした、いろ/\な想像は、重く垂下がつた夕方の雲を劈《つんざ》くやうな、鋭い汽笛の声で破られた。窓から首を出して見ると、一帯の松林の樹の間から、国府津に特有な、あの凄味を帯びた真蒼な海が、暮れ方の光を暗く照り返してゐた。
秋の末か何かのやうに、見渡すかぎり、陸や海は、蕭条たる色を帯びてゐた。が、信一郎は国府津だと知ると、蘇つたやうに、座席を蹴つて立ち上つた。
三
汽車がプラットホームに、横付けになると、多くもなかつた乗客は、我先きにと降りてしまつた。此の駅が止まりである列車は、見る/\裡に、洗はれたやうに、虚しくなつてしまつた。
が、
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